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仙台高等裁判所秋田支部 昭和58年(ネ)77号 判決 1985年6月17日

日本電信電話公社訴訟承継人

控訴人

日本電信電話株式会社

右代表者

真藤恒

右指定代理人

阿部則之

外一〇名

被控訴人

後藤五郎

右訴訟代理人

高橋耕

鈴木宏一

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一被控訴人が昭和四〇年七月一日、日本電信電話公社(同公社は昭和五九年法律第八五号日本電信電話株式会社法附則四条一項により、控訴人が成立したことによつて解散したが、右条項により控訴人は同公社の一切の権利、義務を承継し、なお同法附則六条一項により公社職員は控訴人の職員となつた。)仙台電信施設所統制試験課に見習として入社し、同年一一月一日正職員として採用された後、同四七年一一月二〇日公社横手統制電話中継所に配属され、本件当時同中継所工事係員として勤務していたこと、被控訴人が同五三年五月一七日横手統話中の所長塚本定四郎に対し、同中継所備付けの年次休暇記録簿に記載する方法で、同月一九日、二〇日の両日につき年次有給休暇の時季指定をし、右両日出勤しなかつたこと、塚本所長は右のうち五月二〇日については被控訴人が上長である同所長の就労命令に反して無断で欠勤したものであるから、当時施行の公社就業規則五九条三号、一八号に該当するとして同年六月二三日付で被控訴人を戒告処分に付し、なお公社は無断欠勤を理由として被控訴人の七月分の賃金から五月二〇日分の五六〇七円を差引いたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二年次有給休暇権は労基法三九条一、二項の要件を充足することによつて法律上当然に生ずる権利であるから、同条二項によつて労働者が具体的に休暇の始期と終期を特定して年次休暇の請求、すなわち時季指定をしたときは、適法な時季変更権の行使がない限り、右の時季指定によつて休暇日時が特定され、直ちに労働義務が消滅するものと解せられるところ、控訴人は本件において被控訴人のなした五月二〇日の時季指定は控訴人の適法な時季変更権の行使によつてその効果を生じなかつた旨主張するので以下判断する。

右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、次のような事実を認めることができる。

1  被控訴人は公社の職員で、昭和五三年五月当時公社横手統話中の工事係員として勤務していた。公社は公衆電気通信事業及びこれに関連する諸事業を行なうことを目的として、日本電信電話公社法に基づいて設立された公法人(公社法は昭和六〇年四月一日廃止され、公社は日本電信電話株式会社法の施行に伴ない解散となつたが、公社の事業は同会社法に基づいて設立された控訴人に受け継がれた。)で、塚本定四郎は、本件当時公社横手統話中の所長で、右職場における被控訴人の上司であつた。

2  被控訴人の勤務する横手統話中は、東北電気通信局、仙台搬送通信部の下部機関として横手を中心とする秋田県内二市九町四村の伝送路を管轄する集中局で、全国市外電話交換網の中に位置し、専ら市外自動交換機同士を結び合わせている同軸ケーブルなどの有線方式による多重伝送路やこれに関連する諸機器の保守及び建設の各業務、すなわち管内各施設内機械設備並びに市外電話回線の各試験点検の実施や監視、障害修理等の保守業務及び諸設備の建設業務をその業務内容としていた。

3  横手統話中の全職員は、所長、巡回保全長(以下「巡保長」と略す。)、試験係長、整備係長、工事係長各一名、工事係主任三名、工事係員一〇名、共通事務担当職員一名の合計一九名で、被控訴人は工事係員であつた。

公社はその取り扱う電気通信役務の提供が寸時たりとも欠くことのできない性質のものであることから、伝送路等の保守、建設にあたる中継所のような現場部門においては二四時間の連続勤務体制を敷く必要があるので、横手統話中では右の要請に沿うべく、工事係員一〇名を五名ずつに分け、一〇週交替で、五名は他の職員と同様に午前八時三〇分から午後五時一〇分まで(ただし土曜日は正午まで)の日勤勤務を行なうが、他の五名は曜日に関係なく、日勤、宿直(午後四時五〇分から午前零時まで)、宿明(午前零時から同八時四〇分まで)の各勤務を五日間のうち繰り返えすいわゆる五輪番交替勤務制をとつていた。そして労使間の協議を経て決定された服務線表によれば、右交替勤務には、各服務毎に少なくとも最低配置人員である一名を充てるものと定められ、宿直、宿明、土曜日の午後、日曜日、祝祭日には一人勤務となつていた。被控訴人は右五月二〇日当時は五輪番交替勤務についていた。

4  最低配置人員配置時を含めて交替服務者が年休の時季指定をする場合、公社就業規則三九条及び年次有給休暇に関する協約の覚書(五二中覚第四号―六)四項により原則として前々日の勤務終了時までに右指定を行なうものと定められていたが、横手統話中では必ずしも右規定に沿つた時季指定がなされていたわけではなく、前日あるいは当日になつて時季指定がなされる場合も少なくなかつた。

ところで宿直、宿明、土曜日の午後、日曜日、祝祭日などのように最低配置人員配置時において、服務予定の職員から年休の時季指定がなされた場合には、公社の前記事業の性格上事業に支障を来たすことになるが、その場合でも塚本所長は直ちに時季変更権を行使することなく、年休制度の趣旨に鑑み、できるだけ職員に年休を取得させようとの配慮から整備係長に命じて代替勤務者の確保にあたらせていた。

しかしこの場合、他の輪番服務者に代替勤務させることは輪番服務のリズムを崩し適当ではないので、代替勤務可能な職員は事実上工事係長、工事主任、輪番服務者以外の他の五名の工事係員に限られるうえ、右指定の時季そのものが一般に好まれない日や時間帯であつて、代替勤務者の確保は容易ではないので塚本所長は机上作業担当の整備係長、試験係長に超勤を命ずるなどして、欠務を補うことも稀ではなかつた。

5  被控訴人が年休時季指定をした五月二〇日は土曜日で、被控訴人の予定勤務は午前八時三〇分から午後五時一〇分までの日勤勤務であり、他に同日は午前零時から午前八時四〇分までの宿明勤務者一名、午前八時三〇分から正午までの短日日勤者三名、午後四時五〇分から午前零時までの宿直勤務者一名の配置が予定されていたので、同日午前中の配置人員は被控訴人を含めて四名(但し午前八時四〇分までは宿明勤務者が加わる。)であるが、正午から午後四時五〇分までは被控訴人一名の配置であつた。もつとも当時横手統話中においては、成田空港に反対する過激派らによる公社施設の破壊等の違法行為に備えて、特別災害対策の態勢をとつていたので、塚本所長及び当日週休の予定であつた成田健巡保長が出勤し、所内に待機していた。

6  被控訴人は同五三年五月一九日、二〇日の両日を年休日として時季指定したが、これは実家の農作業を手伝う必要があつたことのほかに、五月二〇日開催予定の成田空港開港反対の現地集会に参加するというのが、その理由であつた。ところで年休時季指定にあたり、その理由を開示することの是非については従来から議論があつたが、昭和四八年三月二日の最高裁判決以降年休時季指定にあたりその理由を開示する必要がないとの取扱いが確定していた。そこで被控訴人は本件の年休時季指定にあたつても一切その理由を明らかにしなかつた。

7  政府はかねてから国際的及び国内的民間航空輸送に対する需要の増大に対処すべく、成田空港の建設を押し進めて昭和五三年三月には第一期工事も完了し、同年三月三〇日に同空港の開港が予定されていた。

ところが同空港の建設、開港に反対し、従前から種々の反対闘争を展開してきたいわゆる過激派らは同年三月二六日に同空港の管制塔に侵入し、各種施設の破壊行為に及んだため、予定されていた開港が一旦延期されることとなつた。

右過激派らは空港施設ばかりでなく同年三月三一日には千葉と成田を結ぶ空中電話ケーブルを切断するなど公社の電話施設に対しても同様の破壊行為に及んでおり、その後同空港が修復されて同年五月二〇日改めて開港が予定される運びとなつたが、なおも引き続き右過激派らによる反対闘争が懸念される状態であつた。

右一連の反対闘争においては、警備中の警察官に対し火炎ビンや石塊を投擲し、あるいは鉄パイプで殴りかかるなどの過激な行為が繰り返えされ、右違法な行為により兇器準備集合や公務執行妨害等の罪名で逮捕された者が多数でたが、特に前記三月二六日の事件に関係して逮捕された者の中には公社職員が五名(うち東北電気通信局管内だけで四名)も含まれていたため、公社職員の労務管理や服務規律の在り方に対し社会から厳しい指弾が加えられた。

そこで同年五月一一日内閣官房長官は、郵政大臣等各省庁の大臣、長官宛に公務員等が再び違法な開港阻止闘争に参加することのないよう職員の管理・監督に十分配慮するよう要請したが、これに先立つ同年五月九日公社副総裁は各電気通信局長に対し、不詳事の再発防止と公社の社会的責任等の観点から職員の日常管理に一層留意し、かつ服務規律の厳正化を図るよう指示した。東北電気通信局は右の指示に従い、管内各統話中所長らに対し、公社職員が再び成田空港反対闘争に参加し、違法な行為に出ることがないよう日常の管理・監督に留意し、かつ職員からの年休請求に対しては事業の正常な運営に支障がある限りは時季変更権を適切に行使し、特別の事情もないのに安易に勤務割を変更して年休を取得させてはならないなどと服務規律の厳正化についての指示をする一方、五月二〇日に迫つた成田空港の再開港を目標として、過激派らが公社施設に攻撃を加えることが憂慮されたため、これに備えて公社施設の警備や非常事態発生時における復旧作業態勢の確立等を内容とする特別災害対策を講ずるようにとの指示も与えた。

8  塚本所長は、同年五月一三日から同月二二日までの間、巡保長、試験整備の両係長らに命じて災害復旧用設備、機器類の点検整備を実施させるとともに、非常時における連絡態勢の確立に努めたほか、横手電報電話局とも協力して、局舎の警備を実施した。その一方同所長は同年五月一三日頃、かねて成田空港設置反対闘争に関わり合いがあると目される二名の職員に対し、成田における現地集会には参加しないよう要請し、両名からこれを了承するとの返事を得たが、被控訴人についても、従前横手駅前において成田空港の設置に反対する趣旨のビラを配つているとの情報を得ていたことから、同月一五日頃被控訴人に対し前記二名同様成田における現地集会に参加しないよう説得に努めたものの、被控訴人からは、はかばかしい返事が得られなかつた。

9  このような折、被控訴人が同年五月一九日、二〇日の両日につき年休時季指定をしたことから、塚本所長は被控訴人において五月二〇日開催予定の成田空港の開港反対集会に参加するため同日の年休を請求するものと推測した。

そして同所長は右年休時季指定のなされた五月二〇日は土曜日であり、同日の午後(正午から午後四時五〇分まで)は被控訴人一人だけの勤務であるところ、代替勤務者を確保すれば被控訴人に年休を取得させることはできるが、当時東北電気通信局から服務規律の厳正化の指示が出されていた折とて、右の情勢下では代替勤務者を確保してまで被控訴人に対し年休を取得させることは相当でないものと判断して、同月一七日午後被控訴人に電話をかけて、五月一九日に年休を取得するのは差支えないが、二〇日については同日が土曜日であり、午後の勤務予定者は被控訴人だけであるから、もし被控訴人が同日年休を取得すると午後の勤務者を欠くことになり、横手統話中の事業運営上支障を来たすことになる旨説明して、被控訴人の年休取得をほかの日に変更して貰いたい旨告げた。

10  塚本所長はその後も五月一八日、一九日の両日に被控訴人に対し、電話で五月二〇日に出勤するよう繰り返えし命じた。

ところで被控訴人は前記のとおり年休時季指定をした日のうち、五月一九日は実家の農作業を手伝い、同日夜横手を発つて五月二〇日は成田における現地集会に参加するつもりでいたが、五月一八日夜になつて実父がにわかに身体の不調を訴えたため、結局は成田行きを取り止めて両日とも実家の農作業を手伝うことにした。

塚本所長は被控訴人の右予定変更を知り、これ以上被控訴人との余計な摩擦を避けようとして五月二〇日朝被控訴人の許に電話を掛けて、同人に出勤するよう促すとともに、出勤しない場合には無断欠勤の扱いになる旨警告までしたが、被控訴人は同日出勤せず、同日午前八時三〇分から午後五時一〇分までの間勤務に就かなかつた。そこで塚本所長はやむなく成田巡保長に代替勤務を命じて同日午後の要員無配置状態を回避した。

以上のような事実を認めることができ、右の認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実をもとに本件時季変更権行使の適否について検討してみると、公社は国民の日常生活上一刻もゆるがせにできない電気通信役務をその事業内容とし、横手統話中はその現場部門として二四時間勤務体制を敷いていることは前記のとおりであつて、土曜日の午後のような最低配置人員配置時に年休時季指定がなされれば、右の時間帯は無配置状態となるから、それだけで事業の正常な運営に支障を生ずるものということができる。

被控訴人は、職員の年休取得により無配置状態を生ずる場合には、公社側としては勤務割を変更するなどして代替者を確保すべき義務がある旨主張するが、公社側にそのような義務があるものと解すべき理由はない。

なお<証拠>によれば、労働協約(四三中記第四六号)上、勤務割変更の一場合として「欠務の発生」が挙示されていることが認められるところ、右欠務の生ずる事由については何らの制限はないから、これには最低配置人員配置時の場合であると否とを問わず年休取得のなされた場合も含まれるものということができようが、右協約内容を通読すれば、右協約は公社側に勤務割変更の権限があることを前提にしたうえで、公社側の行なう勤務割の変更を一定の場合に限定することによつて、その労務指揮権の行使に制約を加えることにその主たる目的があり、従つて右協約も、勤務割変更の具体的方法に関する取決めにとどまるものと認められるから、右協約条項を根拠として公社側に被控訴人主張のような義務があるものとすることもできない。

しかしながら<証拠>によれば、横手統話中における最低配置人員配置時の予定業務は平常勤務時とは異なり定期の試験点検や諸設備の建設等の作業は実施せず、専ら特殊技能を要しない各種通信機器の監視や障害修理等の保守業務に限られていることが認められ、横手統話中では本件以前において最低配置人員配置時でも交替勤務者の年休取得についてできるだけの便宜を図つていたことは前記のとおりであるから、右の作業内容や年休取得の実情に照らせば、代替勤務者を確保することによつて欠務状態を解消することが適当でない特別の事情がある場合を除いて、年休指定の時季が最低配置人員配置時であることから直ちに事業の正常な運営に支障を生ずるものとして時季変更権を行使することは権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。

本件の場合においては、当時成田空港の建設、開港に反対する一連のいわゆる成田闘争の過程で違法行為を犯した者が多数逮捕され、その中に公社の職員が含まれていたため、国民から公社職員の労務管理や服務規律の在り方につき激しい非難が加えられたことから、公社副総裁名義をもつて各電気通信局長に宛て職員の労務管理に留意し、服務規律の厳正化を図るようとの指示がなされ、東北電気通信局管内でも同局長を通じて各現場の責任者に右の趣旨が伝えられ、しかも五月二〇日に予定される成田空港再開港日をひかえて過激派らによる公社施設の破壊活動に備えて特別災害対策がとられるという緊迫した情勢下にあつた。

右の時期に被控訴人から出された年休時季指定に対し、塚本所長は格別の理由もないのに安易に勤務割を変更するなどの方法により被控訴人の年休取得によつて生ずる欠務状態を解消してまで被控訴人に年休取得をさせることは右の指示に副わないし、まして被控訴人の年休取得の目的が右指示の直接の契機となつた成田闘争に関連する集会参加にあるからには、なおさら適当ではないとの判断の下に、勤務割を変更するなどの方法で代替勤務者確保の措置をとらなかつたのもやむを得ないものがあり、従つて本件は右にいう特別の事情のある場合ということができる。

そうすると被控訴人がその請求どおり年休を取得し就労義務を免れるものとすれば、五月二〇日午後は職員無配置状態となり(もつとも当時横手統話中では特別災害対策を実施中で、同日午後も塚本所長及び成田巡保長が出勤していたが、両名とも不時の事態に対処すべく所内に待機していたのであるから、同統話中の本来の事業に関しては、なお職員無配置状態というを妨げない。)、公社の事業の正常な運営に支障を来たすことになるから、右の事由に基づき被控訴人のした年休時季指定に対し、時季変更権を行使したのは適法であり、従つて被控訴人のした本件年休時季指定はその効果を生じなかつたものといわなければならない。

なお五月二〇日午前の勤務については、被控訴人が年休を取得したとしても他にも勤務者が三名いるので、事業の正常な運営に支障を来たすものとは思われないが、被控訴人の年休取得の目的からすれば午前中だけの年休取得は無意味であり(しかも本件では特に問題とされていない)、従つて右の点を考慮すれば五月二〇日の時季指定全体につき時季変更権行使の対象としたことは不適法とはいえない。

三以上の次第であるから、塚本所長が被控訴人のした昭和五三年五月二〇日の無断欠勤等を理由に、それが公社就業規則五九条三号、一八号(五条一項)に該当するものとして公社法三三条に基づき被控訴人を戒告処分に付し、かつ同日の無断欠勤を理由に賃金カットをした措置はいずれも適法、有効であり、しかも本件事案に鑑み裁量の範囲内にあるものと認められる。

してみれば、被控訴人の本件請求、すなわち本件戒告処分の無効確認と控訴人に対し労働契約に基づく未払賃金五六〇七円、労基法一一四条によるこれと同額の附加金、不法行為による慰藉料五〇万円、弁護士費用二〇万円、未払賃金と慰藉料に対する遅延損害金の支払請求はいずれも理由がないものとしてこれを棄却すべきである。

四よつて原判決中本件戒告処分の無効確認と金員支払請求の一部を認容した部分は不当であるからこれを取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石川良雄 武藤冬士己 武田多喜子)

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